番組概要
本能寺の変で主君・織田信長を倒した明智光秀が謀叛を起こす前の敗北を紐解く。信長の命を受け、丹波攻めの総大将を任された光秀が小豪族を相手に惨敗を喫した理由とは?
番組詳細
冷静沈着、頭脳明晰で知られる智将・明智光秀の敗北から明日を生きるための教訓を探る。1528年、美濃国に生まれたと伝わる光秀は1570年、織田軍として参加した金ヶ崎の戦いで武名を上げ、織田家臣団の中で最も早く一国一城の主となる。1573年、足利義昭が槇島城で挙兵した際にはすぐさま攻撃し、降伏させるなど、信長の信頼を勝ち取った光秀は1575年、丹波攻略戦の総大将を任されることになった。
国衆を次々と味方につけ、快進撃を続ける光秀は勝利を確信。翌1576年、丹波攻めの総仕上げとして、名将・荻野直正と黒井城の戦いに挑む。ところが、この時、味方の国衆・波多野秀治が突如、謀叛を起こす。明智軍は大惨敗、光秀は何とか逃げ延びたが、ショックで病に伏してしまった。周到な計画で、後に主君をも討ち果たすほどの名将が小豪族を相手にまさかの大失態。光秀の計算を狂わせたものとは何だったのか?
思いもよらぬ敗北を喫した光秀は病に伏しながらも、再戦を見据え、丹波攻めの新たな攻略拠点として、亀山城を造るよう指示。そして、この城を足掛かりに波多野氏の本拠・八上城を攻略すると、黒井城も落とし、念願の丹波平定を成し遂げた。さらに光秀は福知山城を築き、統治者としても力を尽くすが、安息の日々は続かず、信長から非情な命令が下される。その時、光秀の脳裏によぎったものとは?
歴史上の偉人たちが犯した失敗から、私たちが学ぶべき教訓を探る歴史情報番組。
伊東潤(歴史作家) 中西悠理(フリーアナウンサー) 【ナレーター】槇大輔
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